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西蔵自治区昌都(チャムド)市にある「怒江大橋」では、花や果物を供える人が後を絶たない。
橋の上から川に向かって敬礼する小学生や川にお酒を撒く人、クラクションを鳴らしながら走行する車両もあり、行動を通じて、多くの人が橋の建設の際に命を失った兵士たちに追悼の意を表している。

☆怒江大橋の建設には、どんなエピソードが?
チャムド市八宿(パシュー)県にある怒江大橋は、西蔵自治区に入る時は必ず通る橋であり、四川省と同自治区を結ぶ国道・川蔵線の要衝の道でもある。

1950年当時、西蔵自治区には公道がなく、中国人民解放軍第18軍の兵士たちがハンマーやドリル、スコップといった簡単な道具を手に、標高4000~5000メートルの起伏ある大きな山や激しい流れの川、悪天候、山津波、土石流などの自然災害などに立ち向かい、寒さや高山病、食糧不足などにも悩まされた。
不屈の闘志を抱く兵士たちが、山を切り拓き、川に橋を架け、1954年に、全長2000キロ以上の川蔵線を開通、わずか4年での完成は、公道史上における奇跡を起こした。

道の両脇には、建設で命を落とした兵士2000人以上が眠っている。
1キロ当たり平均1人が犠牲になったことになる。
数多くの優秀な兵士たちがチベット高原で犠牲になったのだ。

怒江大橋の隣には、今も古い橋脚が残されている。
地元には、兵士が橋を建設中にコンクリートの中に落下し、発見された時は救出できない状況だったという言い伝えがある。
怒江大橋が架け替えられた後も、橋脚は、川蔵線の建設で命を落とした兵士の功績をたたえる「石碑」として残されている。
毎年清明節(先祖を祭る中国の伝統的な祭日)の頃になると、地元の人々が「哈達(ハダー)」と呼ばれる真っ白な長いスカーフを橋にかけるのだという。

川蔵線でかつては最も危険だった区間は、今、安心して走行できるように整備されている。
自動車や列車、飛行機などからなる交通網もチベット自治区全域に張り巡らされている。
山道を走ると2時間かかる所が、世界で標高が最も高い位置にある全長約7キロの公道トンネルが完成して、わずか10分で通過できるようになった。
道路の両脇もどんどん繁栄しており、宿泊施設や店が立ち並ぶようになっている。
川蔵線の沿線で暮らす人々の生活は豊かになっている。
観光客の多くは、自動車でそこを通過する際、クラクションを鳴らしたり、果物や花を供えたりして、橋の建設で命を落とした兵士たちに追悼の意を表している。

z4370309a13ada366d86b2600b5930b63 お供え物が絶えない西蔵自治区の「怒江大橋」その訳は?

運営から一言…
興味深い橋です
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