前漢の「銅分格鼎」は、この時代の仕切りがある銅製の鼎として中国国内で初めて出土したものであるだけでなく、これまでに出土した唯一のものでもある。
商・周時代にわたって、銅製の鼎は最も重要な国家の礼器(祭礼に用いられる器・道具)と見なされてきたが、前漢になると食べ物を煮るという本来の用途で再び使われるようになった。
いろいろな種類の肉を食べたいが、違う種類の食材が混ざるのは嫌だということで、手先の器用な前漢の人々は仕切りのある鼎を設計した。
こだわりのグルメは、火鍋を食べる時の鍋を極めるだけでなく、つけだれ調味料にもこだわっていたようだ。
前漢の人はつけだれのおいしさを保つ「秘密兵器」ともいえる「染器」を使っていた。
調味料を加熱する器で、古代において調味料は「染」と呼ばれており、「染器」と呼ばれている。
「染器」の上部にある皿のような「耳杯」に調味料を入れ、下にある炉の部分に火を入れて加熱でき、温かいものを好んで食べる習慣のあった当時の人々のニーズに応えていた。

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